音楽との出会い~その六

さて、ジャズ界においては、スムーズジャズの流れが加速するにつれ、私の興味はフュージョンから離れていきました。

時は70年代後半、ロック界においてはパンクロック、ニューウェーブへの流れが主流になってきました。
私は、パンクからは距離をおいてました。どちらかというと、音楽的多様性に未練があったからです。
当時、京都では村八分とかがライブ活動してましたが、聴きに行く機会はないままでした。

そうこうしているうちに、The Policeの"Roxanne"が流れてきました。「これだ!」と思いました。案の定、これは大ヒットとなりその後も"De Do Do Do, De Da Da Da"をはじめヒットを連発するようになります。このシンプルで洗練されたロックに夢中になりました。"Every Breath You Take"なんてわくわくします。
The Police解散後もStingは好きでした。"...Nothing Like the Sun"なんか大好きです。

この頃すきだったミュージシャンとして他には、XTC、Paul Wellerなどが挙げられます。

また、80年代くらいから、MTVなどでPVをよく流すようになりました。PVを観て、好きになったミュージシャンに、The Cureがあります。"The Caterpillar"の斬新なPVが印象に残っています。
また、"She Blinded Me with Science"が代表作のThomas Dolbyも好きだったミュージシャンです。

Thomasもそうですが、70年代末から80年代前半にかけて、シンセサイザーを多用した音楽は台頭してきました。
最初に聴いたのはGary Numanの"Cars"です。もとよりプログレ好きでシンセサイザーを多用した音楽は好きだったので飛びつきました。

その後、YMO、Kraftwerkなどが好きになりました。これらは今でも聴いています。

さて、1976年だったと思いますが、一枚のアルバムがリリースされました。鈴木慶一とムーンライダーズの「火の玉ボーイ」です。最初は、ティン・パン・アレイやシュガー・ベイブのような日本のロックの新しい風として受け止められていましたが、独自の進化を遂げます。

それは"MOON RIDERS"から"NOUVELLES VAGUES"、"CAMERA EGAL STYLO"、などを経て"MANIA MANIERA"で頂点に達する、洗練されたニューウェーブでした。無期限活動停止宣言のあと、かしぶち哲郎さんも亡くなり寂しいかぎりです。
ムーンライダーズや、鈴木慶一さんが関ったミュージシャン(鈴木さえ子さんとか)は今でもよく聴きます。
いずれブログで紹介することがあるかも知れません。

それからYMO。個々のメンバーは知っていましたが、シーケンサーをベースに音楽を構築し、ライブも演るかれらのスタイルは斬新でした。これも、今でも聴きます。

以後は、一風堂、P-MODEL、Plasticsなどを聴きました。

さらに、ヒカシュー。舞台出身の巻上公一のボーカルが独特でした。特にアルバム「夏」、「人間の顔」が好きです。

そして、90年代に入って、いわゆる「ニューウェーブ」も一息つきます。次に私が向かったのは、今でいう処の「テクノ」です。

つづく…

誕生日


なにはともあれ、多部ちゃん、お誕生日おめでとう!

といって、ここんとこ忙しくて、「僕のいた時間」第三話の録画も観れていません。
この記事も、休日出勤の会社から書いてます。

25歳になった多部ちゃんについては、おいおい書いていくことにします。

取り敢えず、お誕生日おめでとう!


女優さんについて(1987年 1988年補追)


1987年生まれ ⇒ 黒川芽衣さん

1988年生まれ ⇒ 森田彩華さん

忘れていました。どちらも「青空のゆくえ」で多部ちゃんと共演した女優さんです。
多部ちゃんと縁がある女優さんは取り上げねばなるまい。

黒川芽衣さんはチョイ役も多いのですが、「クラシックミステリー 名曲探偵アマデウス」を観てました。
彼女の笑顔は人をほっとさせるものはあります。「阪急電車 片道15分の奇跡」、「横道世之介」にも出演してました。

森田彩華さんは「初雪の恋 ヴァージン・スノー」、「少女達の羅針盤」などに出演されています。

多部ちゃんと共演された女優さん達の成功も祈らずにはいられません。


女優さんについて(1988年)

今日は、1988年生まれの女優さん達について書いてみます。

そう、1988年といえば我等が多部ちゃんの同級生の人たちの多くが生まれています。謂わば直接のライバルです。
目立ったところからピックアップしてみます。

まずは榮倉奈々さん。私が彼女を初めてみたのは、「プロポーズ大作戦」でした。すらりとした長身に、ちぇっと不似合いなファニーフェイスがなんか可愛かった。

演技も自然でした。長澤まさみさんの高身長を誤魔化すための配役とも言われましたが、きちんと演技していました。
映画では、「僕は妹に恋をする」が最初でした。共演の松潤がとても高校生に見えないという難点もありましたが、やはり榮倉さんの演技は光っていました。でなければ、この映画は途方もなく退屈なものになっていたでしょう。
その後、主としてテレビと映画で活躍してきました。テレビドラマの方はあまり観ていませんが、映画では、「東京公園」、「図書館戦争」が良かった。今後も活躍が期待されます。

次に黒木メイサさん。そう、「ジウ」では多部ちゃんと共演しています。
彼女は赤西仁との結婚のときにはマスコミに随分叩かれましたが、無事出産の後、仕事の方は順調なようです。
黒木さんは、舞台での出演が先行しています。しかし、私は彼女の舞台を観たことはまったくないので、何も論評できません。
映画で初めて観たのは「ただ君を愛してる」です。ちょっとエキゾチックな美貌が光っていました。
「ジウ」でも好演していました。ユニクロのCFでもお馴染みです。「ジウ」のように、多部ちゃんと正反対なイメージの彼女ですが、まだまだ活躍が期待されます。

次に、ゆいぼう、新垣結衣さん。国民的人気の女優さんでしょう。しかし、私は彼女の作品をあまり観ていません。別にキライじゃないんですけど、あまり思い入れはありません。
どちらかというと、映画よりもテレビで活躍されている印象です。「ガッキー」のブランド名に比して作品が少ない感じですね。

初めて観たのは「恋するマドリ」です。これはなかなか良かった。すなおに演技してたし、可愛かった。あとは、「フレフレ少女」、「BALLAD 名もなき恋のうた」あたりでしょうか。
「恋空」は途中で挫けた。「ハナミズキ」はなんとか最後まで観たものの、脚本にはツッコミを入れたい箇所がゴマンとあった。容貌容姿、演技力ともポテンシャルは充分なので良い作品に巡り合えばもっと伸びるでしょう。多部ちゃんのクラスメイトとしてはやっぱり活躍してもらいたいですね。

さらにお次は吉高由里子さん。最初に観たのは多分「僕の彼女はサイボーグ」だと思いますが、主演作は「蛇にピアス」でしょう。私はこの映画をあまり真面目に観てないので論評は避けますが、早いうちに脱いだというのは、彼女の方向性から考えるとプラスだったと思います。素での奔放な発言も赦されてしまう感じです。

私の記憶に残っているのは、「婚前特急-ジンセイは17から」です。なんとも奔放でコケティッシュな魅力に溢れていました。DVDにおまけで収録されているメイキング映像もおもしろい。国生さゆりさんに「すっぱい」とかいっちゃうあたり面白い子だと思いました。

次に記憶に残っているのは、「サムシング・フォー」。そう、多部ちゃんがカンボジアに行った回です。吉高さんはベトナムに行きました。酒をいっぱい呑んで酔っ払って寝入ったり、やはり奔放なイメージでした。また、かなりの天然なのですが、それがプラスに働いたのが「横道世之介」でしょう。思うに、かなり天然で奔放な彼女は、彼女なりの真摯な「演技観」を持っており真面目に役に向き合っているのでしょう。NHKの朝ドラも控えており、今後が楽しみな女優さんでしょう。

続きましては堀北真希さん。かなり前に「HINOKIO」で多部ちゃんと共演して以来、世間では最も多部ちゃんのライバルと目されているのではないでしょうか。しかし、私は彼女の出演作をあまり観ていません。最初に観たのは「セカチュー」だったと思います、そう、校長先生の女学生時代の写真です。一見して、「あ、綺麗な子だな」、と思いました。しかし、「HINOKIO」を観て、ちょっと空気の抜けた演技をする方だな、と思いました。そして、「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズ、「東京少年」と観て行くにつれ、なんだかその度に印象が違い、「これが堀北真希だ」っていうのを正直イメージできないのです。

サスペンス物はあまり好きじゃないので「白夜行」はあまり楽しめなかったし、今私の地元では「麦子さんと」が公開中なのですが、劇場が遠いせいもあって行けていないし。ちょと考え込んでみて、私なりの結論は、「あまり青春していない」ところが好きになれない原因かも、と思い至りました。多部ちゃんは「夜ピク」、を筆頭に青春映画が絶好調です。「君のいた時間」も青春ものです。うん、多分好みの問題なんだろうな。

という感じで、私的には、多部ちゃんのライバルとしては、榮倉奈々さん、吉高由里子さんですね。
とりわけ、吉高由里子さんは伸びそうです。


その他は、「春との旅」が代表作の徳永えりさん、多部ちゃんと二度共演している近野成美さんあたりかな。
このお二人は「ブラブラ・バンバン」で共演されてますね。この映画結構好きです。


つづく…





映画とテレビドラマ

gonbe5515さんのブログへのコメント記事です。ご笑覧ください。

-----

>“ドラマ”のような映画が増えてきてませんか?ということなのだと思います。

これは最近よく言われることですね。「つばさ」が終わったときの新聞評で、「ドラマは良くなかったが、多部未華子はテレビドラマで使い潰すようなことはせず、映画で大きく育てて欲しい」といった評価がありました。これらに共通するのは、

映画 > ドラマ

という不等式です。これについて考えるとハードウェアから作品自体、制作過程など実に様々な要因があり、とても簡単に論ずることはでくきそうもありません。そこで、私なりにこの命題の糸口を考えてみました。

各論を論ずるとキリがないので、メタな議論に逃げます。

困ったときのwikipedia頼み、ちょっと検索してみます。以下は「サブカルチャー」で検索した結果の抜粋です。

かつて文化と考えられたものは、ハイカルチャー(学問、文学、美術、音楽、演劇など)であり、ブルジョア階級や知識人、教養ある人々に支持されるものであった。文化を享受するには一定の教養が必要であり、少数者のものであった。

-- ここまで

ふむふむ、「文化」ですね。映画は、第一次世界大戦ころからの大衆文化の進展より先に「文化」に滑り込みました。主に演劇文化の枝葉でしょう。テレビドラマはそれより後に「文化」に参入しようとしましたが、「ハイカルチャー」側の抵抗勢力にブロックされたのではないでしょうか。

主として商業主義のなかで制作され、観るのに事実上タダで個人的努力も要らないテレビドラマを芸術として認めることは「ハイカルチャー」の担い手の自尊心を傷つけるものではなかったのではないでしょうか。

私は、ある「文化」がジャンルとして確立する為には、「制作者」、「鑑賞者」、「評論」の三者のフィードバックのシステムが確立することが必要であると考えています。映画は「キネマ旬報」のような評論システムがあり、「映画評論家」が職業として確立しています。翻ってテレビドラマはどうでしょうか。「テレビドラマ評論家」という職業はないようです。スポンサー、制作者から独立したメディアとして「テレビドラマ雑誌」というのもありません。遅れて登場したテレビドラマは、メインカルチャーの一部門として定着できないまま、時代のなかで資本主義を背景とした大量消費型の大衆文化にカテゴライズされ、主にメディア論の中で取り上げられてきました。要するに、「映画」は芸術だけど「テレビドラマ」は芸術ではないと。

私は、「映画は芸術だ」というより、むしろ「芸術である映画もある」というべきだし、「テレビドラマは一概に芸術ではない」とも思いません。そもそも、現代文化のコンテキストで「芸術ってなんだ」、「芸術って本当にエラいの?」とも思っています。でも、やはり、多部ちゃんが「テレビタレント」として評価されるなら異議を唱えたくなります。舞台女優として高い評価を受けることは喜ばしく思います。これは、私の頭の中には依然として「芸術至上主義」が埋もれているのでしょうか。

現在の文化の状況下では、旧来の芸術論は成立し難いと思っています。もともと19世紀初頭くらいに、市民革命をバックにした「市民芸術」が誕生しました。喩え場ばベートーヴェンは音楽を宮廷文化のディレッタンティズムから市民劇場へ解放しました。芸術の担い手は貴族ではなく都市のブルジョアとなりました。都市ブルジョアは演劇を観るために劇場に足を運びました。その後、文化の担い手が都市ブルジョアから「大衆」に移ったあとも、大衆のなかで「上層」を自任する人は映画を観るために映画館に足を運びました。しかし、文化を伝播するメディアがテレビ、ビデオソフト、インターネットと急激に拡大し、「文化の担い手」が一体誰なのかよく判らなくなっています。VODやDVDやBS、CSなどで自宅に簡単にソフトを入手できます。そして、HDテレビの普及により、高画質で16:9の画面比率でリビングに居乍らにしてこれらを鑑賞することができるようになりました。

議論が拡散してしまいました。結論はありません。

ただ、メタな文化論としてテレビドラマを語ることはメディア論の詳細な検証が必要であると思います。テレビドラマの文化としての正当性はまだ確立していません。しかし、映画は旧来の芸術論のコンテキストから「芸術」として確立されています。そこで、例えば「女優」としての価値、特に歴史的価値を確立するためには「舞台女優」、「映画女優」としての成功が不可欠でしょう。「テレビドラマ女優」が歴史的価値を得るかどうか、まだまだリスクがあります。取り敢えず、多部ちゃんには、舞台、映画で活躍して女優としてのブランドを確立していただきたいとおもっています。テレビドラマを否定するものではありませんが、取り敢えず、メディア上の知名度の維持と経済的な成功を得るためにテレビというメディアに関わっていて欲しいと思っています。

このテーゼは、またいずれ取り上げたいと思っています。











「僕のいた時間」

今更ながら「僕のいた時間」第一回を観ました。

で、うんざりしました。

え、多部ちゃんにではないですよ。
三浦くんにでもない。

他でもない「就活」にです。

ほんとにみんなあんなに会社まわるんだろうか?

私は工学部出身なので、就職は完全に教授のコネだった。
候補が数社あって、「どれにする?」といった感じで。

ちょうど息子が大学三回生で、就活をはじめたことろなので、
「大丈夫かよ」って思いました。息子は法学部なもんで。

私のいた工学部だと、卒業生が頻繁に研究室に来ていたけど、
法学部のゼミってどうなんだろ。息子は結構ヲタク男子なんで心配です。

ドラマはまずまずの滑り出しでしょう。やはり主演が三浦くんっていうのがいいですね。

多部ちゃんの表情もいい。
これで、変なエピソードを加えたりしなかったら結構いけそうに思いました。

ただ一点多部ちゃんに注文!

そろそろ、髪型を変えてはどうでしょうか。ちょっとのばしておデコをみせるように。
せっかくのかわいいおデコが勿体ないよ。野口魚子が、前髪を分けてましたね。
あれ、かわいかったのに。最近は多部ちゃんのおデコは大奥みたく日本髪でしか
みることができません。前髪ぱっつんはそろそろ卒業してもよいのではないでしょうか。



間に合った!


なんとか、録画間に合いました。

会社から急げば30分で帰れるんです。

後の楽しみに 、リアルタイムでは観ない。

まず、食事です。(^^)

あかん!

あかん!
テレビ録画予約するのを忘れてた。
22時までに帰れるかしらん?

白根三山

昨日、北岳山行について書きましたが、この時に撮った写真がでてきたのでご笑覧ください。

2001年7月28日〜7月31日

疾風の甲斐駒

IMG_20140105_0001.jpg



北岳山頂から、仙丈ヶ岳

IMG_20140105_0002.jpg



北岳山頂から縦走路と間ノ岳

IMG_20140105_0003.jpg


富士

IMG_20140105_0004.jpg


早川尾根の向こうに八ヶ岳

IMG_20140105_0005.jpg



間ノ岳から振返って北岳

IMG_20140105_0007.jpg



農鳥小屋下のお花畑

IMG_20140105_0008.jpg



山っていいもんですよ。

これからも、写真を載せていきたいと思います。



富士山

グラフィックシステムのトラブルでオシャカになったiMacのHDDを取り出してUSB接続で古いファイルをサルベージしたのですが、昔撮って年賀状に使った、北岳から望む富士の夜明けの写真が出てきました。正月に富士山は縁起が良かろうと思い、これをネタに記事を書きます。

10年位前の写真だと思いますが、ルートはよく憶えています。

甲府からニョーボと一緒に、別パーティーの二人とタクシーの相乗りで広河原を目指します。

雲行きは怪しかったのですが、広河原に降りたちました。後の事を考えると、その日の内に白根御池までは登っておきたいと昼過ぎに歩き出しました。樹林帯に入るとバケツをひっくり返したような雨、まあ雨の樹林帯も情緒があるかと思いながら白根御池の小屋に到着しました。すると、草滑りから下山した人々が停滞しており、大騒ぎです。「これ位の雨なら降りろよ」と思ったのですが、どうしようもありません。食事はカレーライス盛切りで、急いで食べたら「はい、交代」って感じの入換制です。小屋中人が溢れ、オイルサーディン状態で寝ます。シュラフ持って行けばよかった。

翌日も天候は優れませんが、草滑りを肩の小屋を目指して登りはじめます。昼ころには小屋に着きました。しかし、雷鳴が遠く聞こえてきます。早々に小屋に入ります。夕方、段々雲が切れて、強い風のなか、甲斐駒が姿を現します。陽も傾き、尾根からは見事にブロッケン現象が見えました。翌日に期待して就寝します。

翌朝、日の出前に小屋の前の広場に出てみると上空には晴れ渡っています。下界は雲海の下です。そこで撮った写真がこれです。

fuji-2.jpg



日が昇ってからも絶好の天候で北岳山頂を目指します。この好天こそが山のペテンだとは気付かずに。

北岳山頂からの展望は素晴らしいものでした。近くには仙丈ヶ岳、甲斐駒、鳳凰三山、その向こうには富士、遠くには中央アルプス、八ヶ岳、北アルプスと、遮るものがありません。

北岳山頂から間ノ岳への稜線は気持ちよく、雷鳥にも出逢い、緩い登りで間ノ岳山頂に着きます。そこで昼食。しかし、なんだか雲が増えてきました。昼食を終えて歩き始めると、ポツポツと雨が降ってきました。その日のうちに農鳥岳を越えるのは難しそうです。取り敢えず農鳥小屋に入ります。小屋の名物おやじが、「稜線から15分くらい下ったところにいい水場がある。花もきれいだから行ってみればいい。」というのを真に受けて下ったけれど、15分下りても全然ない。30分以上下ったところにその水場はありました。水は美味しいし、ダケカンバに囲まれたシナノキンバイのお花畑です。下ってよかった。

その夜から天候は荒れ始めます。いろりを囲んで夕食を摂って、一週間前には利尻を登ってきたっていう女の人の話など聞きながら眠ります。

翌朝は嵐。さすがにこれ以上停滞はできないので、雨具を着込んで出発です。なんとか農鳥岳を越え、急降下です。膝が悲鳴を上げます。下れども下れども大門沢沿いの登山道は続きます。やっと大門沢小屋に到着しました。ニョーボは一気に奈良田まで下ろうと言いましたが、かなり距離があります。小屋に泊ることにします。

最終日はなんとか天候も回復し、吊り橋を幾度となく渡って無事奈良田に到着です。温泉に浸かって、関西から来たというご夫婦と蕎麦を食べて身延までバスで出て、電車に乗って帰路につきます。

結構大変でしたが、充実した山行でした。天候の不順も、北岳を越える時の嘘のような晴れ間で帳消しでした。

最近はあまり山には行ってないのですが、これからは時々本ブログで過去の山行をご紹介しようと思います。




プロフィール

marrella

Author:marrella
多部ちゃんと橋本愛さんと音楽と写真が大好きなオヤジです。
徒然にお二人の事や身の回りの事を書いています。
横着者なもので、スローペースでやっていきます。
よろしくお願いします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR